レビューコンテスト結果(銅鹿賞受賞作品)
銅鹿賞 荒田琢己 さん
『クトゥルー闇の黙示録』(大瀧哲裕編)
「来る。来る。狂う。狂う。クトゥルー。」
さてお立会いの貴方、ちょいとお話でも聞きませんかい。とある神話について紹介しようかと思いまして。ああ待って待って別に宗教の勧誘って訳じゃないんでさあ。神話ってもほら、北欧神話だの古事記だの、そういう作られたお話のことでして。しかし貴方、この神話はそれらの物とは一味違うんですぜ。優劣を競うわけじゃありやせん。一番何が違うかというと、この神話、神サマは殆ど出てきやしません。主役は見えないのに見えるもの。心の内にある原始の恐怖。それらの総称であり恐るべき魔物、それがこの神話のタイトルにもなる『□〃ыゑ神話』
え?読めないって?そりゃあ貴方、仕方ありませんよ。なんせ人間には正確に発音できない名前でして。文字に表すのも難しく……分かりました読みやすくしますって。かなり元の発音から外れるんですが敢えてこう言いましょう『クトゥルー神話』と。さあさ、ラヴクラフトの想像し創造した世界へようこそ──
- 【受賞コメント】
- ラヴクラフト御大の小説は読みにくいけど面白いです。
諦めずに根気強く読んでくださいです。
これで少しでもクトゥルー信仰が広まればいいなと思います。嘘です。
銅鹿賞(P/N)田ノ中ゲンゴロウさん
『テロリストのパラソル』(藤原伊織著)
「爆音とともに蘇る危険な青春時代の記憶」
薄汚れたバーテンで、ウイスキーがないと禁断症状で手が震えるというアル中のオヤジ・島村。そんな聞くからににダメそうな男がこの物語の主役である。真昼間から都心の公園で酒を煽っていた彼の耳に、かつて聞いたことのある忌まわしき轟音が響いた。巨大な爆発音。この瞬間、長い間錆び付いていた彼の時計が再び動き始める…間近で起きた爆発事件に自分との関連を見出した島村は独自に調査を開始する。情報を提供してくるヤクザと、顔見知りのホームレスたち。協力を申し出る謎の少女。かつての友人。どこか危険で裏を感じさせる登場人物たちを乗せて、物語はそれぞれの過去と現在を行き来する。
この小説の登場人物たちが抱え持つ過去、弱さ、欲望、そして強さと信条。それらが自己主張をしながら物語を紡いで行く様は、泥臭く生きる人間の綺麗ではない部分をまざまざと見せてくれます。渋味の効いたハードボイルド・ミステリー。
- 【受賞コメント】
- まさか賞をいただけるとは思っていなかったのでビックリです。
夜更かしして書いた甲斐がありました。
審査員の皆さんと著者の藤原伊織さんに感謝。
藤原さんの著作は他にも面白いものが多いので、図書館などで見かけた際はぜひ手にとってみてください。
銅鹿賞(P/N)スバルさん
『ワイルドバンチ』(サム・ペキンパー監督)
「渇いた荒野に全てが消えても。」
この映画でひたすら描かれるのは虚無だ。
西部開拓の時代も過ぎて時代遅れになった男たち。しかし生き方は変えられず、かつての様に戦い続け、ラストでは仲間の為に強大な軍に笑いながら戦いを挑み、死んでいく。
監督の目線は冷静で、ストップモーションで描かれる引き延ばされた死は無常感が漂う。
そして敵も味方も殆どが死に、全て無為となってしまう。何も変わらず全ては過ぎ去る。
しかし、それらは本当に無駄だったのか?
そう問われれば僕は迷わずに答える。否、と。
圧倒的な虚無である死を前にして、己らしくある為に死に身を投げ出す生き様は胸を打つ。何もかも消え去り消えゆくとしても、抗い戦うのが人間だ。その尊さは不滅である。
この映画が描くのは虚無だ。しかし同時に虚無にただ屈さず、挑もうとする人間の姿も描いてしまっている。渇いた荒野に全てが消えてしまっても、遺されていく何かを。
滅びの美学を体現した西部劇の傑作である。
銅鹿賞(P/N)ないぞうくん
『ウォーターシップダウンのうさぎたち』(R.アダムズ著)
「みてごらん野原を、血に染まってる!」
クロドリはさえずっていた。仲間達は野原で貧弱な草を噛んでいた。うさぎたちの村は平穏だったが、一匹のウサギはこう言った。「ここから逃げよう。手遅れになる前に!」
彼らは非常に賢く、無力で、そして戦還りの軍隊のように生きる事に貪欲だ。しかし穏やかな題名とは裏腹にこの物語はひどくシビアで、そこにはドラマチックな死など存在しない。弱いものは強い者に従えという者、自身の面倒は自身だけが見るべきだと豪語する者、快楽にすがりついて前を見ようとしない者など、彼らがうさぎである事をしばし忘れさせられる。彼らはどんな結末を得るのか。どうか彼らに、この世界の神、グレートフィリスの加護がありますよう。
- 【受賞コメント】
- どんな文章であれ評価を貰えるのは嬉しいです。今年はもう少し日本語勉強します
銅鹿賞 早野龍郎さん
『メジャーリーグ vs. 日本野球』(大村皓一著)
「メジャーという身体」
ピンポン玉のようにボールを飛ばすボンズのホームラン。三振を奪うR.ジョンソンの100マイルのストレート……。スピード&パワーと形容されるメジャーリーグのプレーもすでに見慣れたものとなったが、しかし私達はメジャーを本当に知っているといえるだろうか。あなたはショートがゴロを処理して一塁手に送球するとき、どのような姿を思い浮かべるだろうか?当然、投球フォームのように左足を踏み込む姿を思い浮かべるだろう。ところがメジャーのショートは右足を降り出し体をひねり、その反動で素早く投げるのである。この事実をご存知だろうか?本書はメジャーのプレーの秘密にメスを入れ、「上下逆回転ひねり」というキーワードからスピード&パワーに迫っていく。ボンズの豪快なバッティング、R.ジョンソンの投球を、プロ野球とは異なった体のひねりのメカニズムから解き明かす!身体運用の可能性を日米の野球を通して本書は鮮やかに描き出す。