音楽と建築をめぐる幾何学の冒険 ―幾何学、数理的造形、ウロボロス・エンジン―:マルチメディア講演会

講演:講師:日詰明男(建築家 音楽家)
日時:2005年1月17日(月)ワークショップ:13:00〜15:00/講演会:16:30〜18:30
会場:京都精華大学情報館1階AVホール

聞き手:小松正史(京都精華大学人文学部専任講師)

入場無料・申込不要

ワークショップ:たたけたけ(フィボナッチ・ケチャック)の演奏 フィボナッチ・ケチャックというリズム形式に則った竹筒楽器による演奏ワークショップです。
http://www.nikkei.co.jp/kansai/kansai/23785.html

講演要旨

人間には道具を使いこなし熟練してゆく能力があります。「熟練」はある種神秘的な能力である反面、道具がオールマイティであるかのような錯覚に陥らせる危険性も秘めています。日詰氏は、「熟練」という言わば“癒着”から一時離れ、新しい道具をたどたどしくも試してみることが、どんな時代のどの世代の人にとっても必要である、と唱えます。道具の限界を逆照射する幾何学の冒険は、“新しい道具”に出会う格好の契機です。この講義で、新しい表現形式の可能性を肌で感じ取っていただければ幸いです。

==目次 =========

惑星の運行としての音楽 Real Kecak System
黄金比の定義
連分数展開で遊ぼう
植物の戦略 超柔構造「ひまわりの塔」
ペンローズ・タイル
自己相似で準周期的な平安京
6次元の寺院 第3ゲーテアヌム
天狗の千里眼 五勾(ごまがり)
籠の歴史は土器より古い
3次元準結晶モデル「六勾(むまがり)」
自立する六勾 新しい力学
10次元構造 十勾(とまがり)
民主主義的階段と独裁階段
ニューロ・アーキテクチャー
ルドルフ・シュタイナー
バックミンスター・フラー
従来の音楽理論の限界
バリ島秘話
フィボナッチ・ケチャック(黄金比の音楽)
スクエア・ケチャック(√2の音楽)
遺伝子の戦略
準連歌(非周期的文章)
ヘキサ・プレクサス
プレアデス(むつらぼし)
ペンタゴナル・グラビティー
ペンタゴナル・ダイバーシティ
次元について
非ユークリッド幾何学 宇宙の形
ヘキサ・ツイスター
ポリ・ツイスター
現代音楽の試みと失敗
平均律の問題
純正律の問題
黄金比の音階と音色から一般化
宇宙鍵盤
現代芸術批判 乱数愛好家
現代建築の問題 直喩としての建築
幾何学とは
曼荼羅は建築である
空海の戦略
不滅の形式

これは芸術ではない
これは生命ではない
ゲーデルの不完全定理
スペンサーブラウン形式の法則
言語の限界 論理の2次方程式
黄金比まとめ
フランケンシュタイン ステルス戦闘機
建築的方法 自分の住む家を作ろう

ウロボロス・エンジン搭載のピタゴラス主義

プロフィール

日詰明男 (ひづめ あきお)

1960年 長野生れ
1987年 京都工芸繊維大学建築学科卒業
1990年 建築設計案「GOETHEANUM 3 」
2次元準周期組織「星籠:五勾(ごまがり)」
著書「生命と建築」
1993年 3次元準周期組織「星籠:六勾(むまがり)」
1994年 音楽理論(1 次元準周期組織)
「黄金の音楽構想」
1995年 準周期的音楽作品「FIBONACCI KECAK 」
準周期的公共彫刻「BAMBOO HENGE 」(オーストリア)
1997年 準周期的建造物「民主主義的階段」(U.S.A.)
1998年 日本文化芸術財団第5 回日本現代藝術奨励賞
1999年 第9回国際デザインコンペティション銀賞
2000年 準周期的音楽作品「REAL KECAK SYSTEM 」
2001年 準周期的都市計画「ニューロ・アーキテクチャー館林」
2002年 グループ展「program・seed – rphogenesis」京都芸術センター
2003年 準周期的公共彫刻「チューリッヒ・プロジェクト」(スイス)
公共彫刻「Sunflower Tower 」(U.S.A.)
2004年 個展「音楽の建築 inter-native architecture OF music」
art space kimura ASK?, 東京
個展「音楽の建築」大阪成蹊大学芸術学部IRC.
公共彫刻「Sunflower Tower 」大阪成蹊大学芸術学部IRC.
公共彫刻「neuro-architecture」大阪成蹊大学芸術学部IRC.
公共彫刻「Fibonacci Tunnel」楊谷寺,長岡京

(講演者コメント)
黄金比に代表される無理数の再参入構造を、いわば造形や音楽に受肉させる仕事を一貫して続けている。
人は建築や音楽を通して自由の幾何学を身体的に学ぶという確信のもとに、かつて哲学者によって予言された「リゾーム」を具体的かつ一般的に考察するものである。
身体化された新しい幾何学は、この時代の閉塞に風を送り込む扉となるだろう。そして来るべき藝術文化の下部構造であり続けるだろう。
比喩でなく、私の目指すものは精神に寺院を建築することである。


小松正史(こまつまさふみ)

1971年、京都府宮津市に生まれる。
大阪大学大学院を修了し、博士(工学)を取得。景観工学、環境心理学、観光学、サウンドスケープの研究に携わる一方、サウンドスケープのCD制作や番組プロデュース、ピアノ即興演奏、映像音楽制作、各種パフォーマーとのコラボレーション、サウンドインスタレーション作品の制作を行う。
CD作品
『いーね -伊根浦からのメッセージ』、ピアノ・ファーストアルバム『-The Scene-』、ピアノ・セカンドアルバム『Mahina』。
著書
『小さな音風景へ』、『音ってすごいね。―もう一つのサウンドスケープ- 』他

小松正史ホームページ『猫松カワラ版』はこちら:
http://www.nekomatsu.net/index.html

講演レポート

ウロボロス、フィボナッチ、…耳慣れない言葉が日詰さんの口から聞こえるたびに、果たして今回の講演に、ついてゆけるのだろうかと不安にかられた。しかし始まってみると、次から次へと紹介される作品群を通して、難解だと思っていた概念が言葉ではなく、感覚で理解できるようになり、次第に日詰さんの世界に魅了されていった。

はじめに見せていただいたのは「プレアデス」という、何本もの竹ひごを使用して星型(五芒星・六芒星)に編みこまれた立体造形作品。日詰さんは、「自立する構造体」であることを実証するために、ぺしゃんこに折りたたまれたこの作品を、おもむろに宙に放り投げた。回転のかかったその物体は、竹ひご同士がぶつかる「カシャン」という小気味よい音とともに床に着地し、もとの立体に復元してみせた。これは、とても不思議で愉快な体験だった。

日詰さんの作品は、どれも幾何学的ではあっても、決して鑑賞者を冷たく突き放す感じのしないものばかりである。まるで我が子のように愛情を込めて<星>という言葉を扱い、わかりやすく幾何学を論じる日詰さんのレクチャーによって、この学問に対して抱いていた無機質な印象は払拭され、身近な、あたたかみのあるものに感じられたからかもしれない。

世界各地で催行された展覧会の模様も、スライドでたくさん紹介していただいた。理想とする建築プラン(「ひまわりの塔」)を組み立てていく過程や、できあがった構造物の内部に入って、楽しそうにその柱を揺らす見学者たちの様子を収録した映像を見たときは感動した。こちらの作品も規模こそ大きいけれど、前述の星型造形物同様、ポータブルな竹素材を使って螺旋状に編みこまれた、自立する構造体である。実際の鑑賞者と同じくひまわりの塔の内部から空を見上げたカメラが、風が吹けば柔らかく揺れる竹の柱と、それによって規則的に区切られた青空を捉えた、爽やかなイメージが記憶に残った。

後半では、音楽家としての日詰さんの作品を披露していただいた。フィボナッチ数列をリズムパターンに応用した「フィボナッチ・ケチャック」という独自の作曲システムを聴衆にわかりやすく説明するために、日詰さんはPC上で太陽系の惑星の動きをグラフィカルに再現し、惑星ごとの周回速度をリズムになぞらえてみせてくれた(なぜ太陽系が引き合いに出されるのかというと、太陽から惑星までの距離、惑星同士の距離との間にも黄金比がみられるからだ)。各惑星が刻むリズムは単純だけれど、太陽系の全惑星が一斉に奏でる重層的な音は、最高の不協和音となって幽玄な響きをもたらしている。「これには金属音が一番合うと思う」と日詰さんはおっしゃったが、確かにその通りだった。「音楽」とはいっても、普段何気なく耳にして聞き流してしまうポップスなどとは違い、「音」そのものを「楽」しむ、といった趣の、貴重な機会を得ることができた。

併せて、「タタケタケ」(フィボナッチ・ケチャックのことだが、なじみやすいように「竹を叩く」という行為と、実際に竹から生じる音から転じて命名されたもの)の実演があった。数時間前に開催されたワークショップで即席練習を積んだ参加者たちが、一人ずつタイミングをずらしながら、それぞれ違うリズムで竹を叩き始めた。先ほどPC上で行われていたことを、今度は人がやる。出だしこそ上手くいかなかった合奏も、続けていくうちにとても美しい音になっていった。これは、全員の息がぴったり合ってはじめて綺麗に聴こえるそうなので、今回、成功したときの感慨はひとしおのようだった。

講演を締めくくる質疑応答の時間に、「何故、素材として竹を使うのか」という質問があった。竹は、比較的入手しやすくコストも安いので、すぐに実験に移ることができるという、実用的な理由からだそうだ。また、立体造形作品を制作する過程において、金属やアクリルだと自立しなかったものが竹で作ると自立した、という経験から、竹に秘められたポテンシャルを実感したとも仰っていた。

日詰さんの研究を言葉に起こすと、一般的にはとっつき難い印象を与えるだろう。黄金比など日常生活ではあまり意識されることはない。だが、日詰さんは、見て・触れることで自身の思想を直感的に理解してもらえるような作品を数多く製作され、精力的に展覧会等の活動を展開されている。この方は、建築家・音楽家という肩書きに収まらない壮大なロマンを持った哲学者である。高邁かつ難解な着想を具現化して、一般大衆を素直に感動させることのできるその力量は、凡百な芸術家のそれではない。

文章:辻本梨世(芸術学部)

         


    イベント情報

    卒業生・学外の方へ:利用のご案内

    マイライブラリ:マイライブラリについて

    交通アクセス:京都精華大学サイトへ

    公式Twitter