サウンドスケープのかなたに:マルチメディア講演会

講演:中川真(大阪市立大学大学院教授)
日時:2004年6月11日(金)16:30〜
会場:京都精華大学情報館1階AVホール

聞き手:小松正史(京都精華大学人文学部教員)

入場無料・申込不要

講演要旨

人は、聴くことによって人たり得るという、ホモ・オーディエンス(聴く人)の思想を語ることから始まる。そのときの補助線がサウンドスケープという概念だ。世界各国の音を聴き歩きながら、音を聴くことの振幅の大きさについて考える。純粋に音を聴くことからどれほど逃走できるかが、大きなテーマだ。

プロフィール

中川真(なかがわ しん)

情報館メディアセンター内 中川真 特集コーナーサウンドスケープ、サウンドアート、東南アジアの民族音楽を主な研究領域とする音楽学者。主な著書に「平安京 音の宇宙」(平凡社 サントリー学芸賞他受賞)、「音は風にのって」(平凡社)、「小さな音風景へ」(共著 時事通信社)等。世界の日常生活をフィールドワークするように撮影旅行する写真家:高橋ヨーコとのコラボレーションにより出版した「サワサワ」(求龍堂)は、日常の「音」をテーマに半分が冒険小説で、半分がバリの写真集。また自らガムラン奏者として、ガムランアンサンブル「マルガ・サリ」を主宰し、国内外で公演を行っている。その他にも、京都国際現代音楽フォーラムのディレクターとして活動し、京都府文化賞を受賞。2001年8月から9月放送のNHK人間講座「音のかなたへ 京都・アジア・ヨーロッパの音風景」では講師として出演。現在、大阪市立大学文学部文学研究科教授、インドネシア国立芸術大学客員教授。

講演レポート

「サウンドスケープ」とは、「音の環境を自然科学、社会科学、人文科学のあらゆる側面にわたって総合的に見すえる概念」を指す言葉だそうだが、今回の講演会の講師である中川真氏の説明によれば、その言葉自体もその意味も、世間にはまだまだ浸透していないそうだ。だが、講演会当日の会場には学内をはじめ学外からも、大勢の参加者が詰め掛けていた。

今回の講演会は、「ホモ・オーディエンス」、「宇宙との共振」、「都市のざわめきの中で」、「タイトル未定」の四つのセクションと、今回の講演会の司会・進行役でもあり、中川氏の教え子でもあったという本校講師の小松正史先生との師弟対談(「サウンドスケープ漫才」と題されていた)によって「サウンドスケープのかなたに」というひとつのテーマを語る、というものであった。これらの各セクションは関係があるようなないような、ふわふわとした繋がりを持っており、それぞれの内容が前後しながら、交差しながら、講演が核心に近づいていくことになる。

例えば最初のセクション「ホモ・オーディエンス」では、まるで人が遠くからの声に耳を澄ましているかのように見える、「聞く」「聴く」の象形文字の資料や、カウンセラーに代表される、「聴く」ことを扱う仕事のお話を交えながら、私たちが忘れかけている、聴くということの本質について、新たな視点を(聴覚を?)与えられた。このセクションのキーワードとなっている「ホモ・オーディエンス」とは遊ぶ人ーホモ・ルーデンスーという言葉に対称させた中川氏の造語であるが、「人は聴くことによって人たり得る」という考え方がもとになっている。我々は「聴く」ことによって自然に他者と、世界と、繋がりを持って生きているのである。

小松正史(左)、中川真(右)この「繋がりの感覚」の話は第二のセクション「宇宙との共振」でもひょっこりと顔を出す。このセクションではバリ島のガムラン音楽と、その音を契機にトランス状態にはいる人々や、同じくバリ島のケチャを題材に、自然や神など大きな力と共振することについて、のお話を伺った。

第三のセクション「都市のざわめきの中で」では、鈴木昭男やドイツ人のアーティスト、ウリッヒ・エラーらが街角に仕掛けたサウンドアート作品をとりあげ、都市のざわめきなど、身の回りにあふれる音の世界に耳を傾けることの意味についてのお話があった。我々現代人は近く、大きい音を聞くことにばかり慣れてしまっているが、古代人のように遠く耳を澄ますことさえすれば、数えきれない程の音に囲まれていることに気がつく。そのきっかけを作ってくれるのが彼らサウンドアーティストの作品なのである。その上で今我々がいる世界の音環境が自分たちにとって好ましいものなのかどうかを考えることの意義を、中川氏は訴える。音環境とは決して雑音のボリュームの問題だけを指すのではない。

タイトル未定のまま始められた第四のセクションでは、講演会のまとめに入りつつ、サウンドスケープという概念の発生や発展の可能性についてのお話をして頂いた。音の世界は我々人間だけのものではない。この話は師弟対談の際にも出たのだが、世の中には湖に音楽を聴かせたり、動物や植物のためにインスタレーションをするアーティストもいる。そこには想像もつかないような新しい可能性が広がっていることだろう。また、音のつくる振動を利用すれば、聴覚に障害のある人たちとコンサートを楽しむことだって可能なのだ。ほんの少しの視点の転換で、まだ未開拓の音の世界の奥深さが見えてくる。

約二時間の講演時間が短く感じるほど密度の濃い、充実したお話ばかりを伺ったが、今回の講演会を通して参加者が何よりも強く感じたのは、「聴く」ということ、音の世界の持つ無限の魅力だったに違いない。

講演中の風景講演中の風景講演中の風景講演中の風景

文:籾山知里(芸術学部)


 

 


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