キム・ミョンジン講演会 告発するメディアアート:マルチメディア講演会
日時:2004年11月25日(木)16:30〜 18:30
会場:京都精華大学情報館1階AVホール
入場無料・申込不要
講演要旨
ウィメンズアートの研究やフェミニストアートの実践を目的に創設された芸術家集団<IPGIM(イプキン)>。各分野で独自に活躍する8人の韓国人女性アーティストたちによって構成されるこのグループは、フェミニズムの視点からメッセージ性の強いプロジェクトを発表し続けている。イプキンにとって、アートとは自己表現の手段であると同時に、社会問題を世に問いかけるための方法論でもある。釜山ビエンナーレ2004に出展された、”Guerrilla Girls on Tour”(パフォーマンスアート集団)とのコラボレーション作品「ISLAND」では、韓国の性産業の実態を痛烈に批判してみせている。今回の講演会では、ミョンジン氏制作の映像作品を観ながら、各メンバーの作品やイプキンの活動内容についてご紹介いただきます。
プロフィール
キム・ミョンジン(Kim-MyungJin)
韓国・梨花女子大学仏文科卒。イリノイ大学アルバナシャンペーン校グラフィックデザイン学科卒。サンホセ州立大学マルチメディアコンピューティング修士。韓国・清康文化大学で講師を勤めた後、現在は三星芸術学院でドローイングと平面デザインの教鞭を執る。マルチメディアアーティストでありながら、デザイナーとしての貌も併せ持つ。イプキンのメンバーとして関わった主な活動は、下記イプキンの項に譲る。
イプキン IPGIM
メンバー構成:
1.ジョン・ジョン・ヨップ Jung-Jung Yup ( painting )、2.リュウ・ジュンハ Ru-JunHwa ( painting )、3.ユン・ヒース Yun-HeeSu ( design )、4.ジェ・ミラン Jae-iRan ( art director )、5.クワック・ウンスク Kwak-EunSook ( animation )、6.キム・ミョンジンKim-MyungJin ( multimedia )、7.ハ・インサン Ha-InSun ( painting )、8.ウー・シンヒー Woo-SinHee ( painting )
1997年10月 イプキン創設。
2000年5月 「家内の家」展 Jip Saram’s Jip ( housekeepers/housewives )。
2000年9月 宗廟JongMyo占拠プロジェクト「雅房宮 A-Bang-Gung ( A Beautiful and Bold Womb )」。
2001年4月、2003年6月 ソウル女性映画祭にドキュメンタリー作品を出品。
2002年8月 WAN主催日韓アートマラソン&コンファレンス参加
2004年8月 釜山ビエンナーレに「ISLAND」出展(Guerrilla Girls on Tourとの共同制作)
2004年8月 「亀裂」展 chasm
講演レポート
<IPGIM>はキム・ミョンジンさん率いる、女性ばかりの8人グループだ。-「あたたかい、おおきな、ソフトな息を吐く。」- 美しい響きを持つ<IPGIM>という言葉には、おおよそそのような意味がある。まずは、様々なメディアや表現手法を通じて活動さている<IPGIM>メンバーとその仕事が順を追って丁寧に紹介された。
Jung-Jung-Yup(ジョン・ジョン・ヨップ)さんの作品は、人権などの社会問題から、最近では子育てや女神といった個人の内的イメージまで、幅広く取り扱っている。表現形態は主に油絵だが、ときにインスタレーションをすることもあり、赤い豆を敷き詰めたキッチンのオブジェは、視覚的な美しさとともに、台所が女性の日常的な仕事場であることを改めて印象付ける力強い作品であった。あるいはアテナにあるグリーシアという村を描いた風景画。可愛らしく青と白のコントラストが美しい建物を描いているが、よく見ればその後ろには大きな女性が横たわっている。民主主義の思想を産んだグリーシアという場所に背を向ける、という意味を持たせているそうだ。
続いてWoo-SinHee(ウー・シンヒー)さんの作品。ソウルにある「ウーマンズプラザ」という建物の階段に、階段を駆け上がる子供たちのシルエットをかたどった紙が貼り付けられている。実際に小さい子供と一緒に制作したというその作品は、階段を昇る行為が「上昇志向」を示している。女性の社会問題に対して、前向きに捉え頑張っていこう、という意思だ。他に、絵本のようなあたたかいイラストで、女性像を新しく考え直す試みもされている。また、キムさんと共同で、スプーンや皿といった台所用品も製作されており、全体的に優しさを感じさせる作風であった。
Ru-JunHwa(リュウ・ジュンハ)さんの作品は、様々なメディア・広告のなかに描かれている女性像を題材にしている。そこには女性のアイデンティティや自信などが問題にされており、客体化された女性のイメージに疑問を投げかけている。たとえば「女性の胸は大きい方がいい」とメディアは無言で言うけれどそうではない、自分らしくあるほうが良い、といったことを取り扱った作品を数多く制作されている。女性に対する暴力とそれに対する怒りがテーマだ。
Yun- Heesu(ユン・ヒース)さんは、環境やリサイクルなどを意識した作品を制作している。彼女はとても丁寧に時間をかけて制作に取り組まれるが、それは完成に至るプロセスもまた作品の一部であると考えているからだ。また、写真に鉛筆でドローイングを加えていくコラージュ作品や、カレンダーの表紙の有名なイラストを消しゴムで削ったものなど、その他の作品も紹介された。
Jae-iRan(ジェ・ミラン)さんは、主に西洋美術の名画をパロディ化した作品を発表している。アングル作の『トルコ風呂』という標題の絵画に描かれた女性の顔を、政治家などの有名な男性の顔に置き換え、見る人に問いかけを行っている。
Ha-InSun(ハ・インサン)さんの作品は、これまで男性ばかりが描かれてきた水墨画の世界に女性を登場させている。その多くは女性たちの日常風景を捉えたものである。
一見水墨画に見えるが実は鉛筆で描かれており、墨で描いた作品のように保存がきかないそうで、これも作品の重要なコンセプトの一部であるらしい。
Kwak-EunSook(クワック・ウンスク)さんも、西洋美術のパロディを扱っておられるが、前述のミランさんとは表現技法が異なる。専門であるアニメーションを使い名画から独自の解釈を抽き出している。従軍慰安婦をテーマにした作品では、白黒の画面が醸し出す恐ろしくも哀しい雰囲気も相まって、改めて人権という大きな問題について考えさせられた。
勿論キムさん自身の作品についても触れられた。主にウェブサイトや企業のロゴマークの制作など、デザインの仕事をされている。
以上、メンバー個々人を紹介し終えたうえで、ではそんな個性的なメンバーが集まったグループとして、<IPGIM>はどのような活動を展開しているのかという話に移った。
2000 年に行われた「雅房宮 A-Bang-Gung ( A Beautiful and Bold Womb )」では、「ソウルの街中の公園で大きなアートフェスティバルがやりたい」と、韓国政府に申請して認可が得られたが、儒教の信者などが激しく反対し一度は開催が見送られた。
なぜなら、フェスティバルの名前「A-Bang-Gung(アバンガン)」が、「中国王室のハーレム」「売春宿」といった意味を持つ言葉だったからだ。しかし、彼女たちはめげることなくその言葉を分解し、「A=美」「Bang=大胆なことをする」「Gung=子宮」、すなわち「美しくて大胆な子宮」という意味に変えてしまった(これはこれで「とんでもない名前をつけるな」と激しく非難されたそうだが)。一ヵ月後、このやりとりがメディアに大きく取り上げられ、フェミニズム運動に火をつけた。
<IPGIM>は改めてプロジェクトを申請し、無事にフェスティバルを成功させた。「女性の日常生活の感覚に繋がるものを出展して、人々が気楽に触れ合える楽しいお祭りにしたい」というコンセプトのもと、会場では料理の試食や裁縫体験、ダンスといった出し物が用意された。フェミニストにありがちな攻撃性はなく、「楽しみながら女性について考えさせる」という問題提起の仕方に爽快感をおぼえた。
また、釜山ビエンナーレで「ゲリラガールズ・オン・ツアー」という集団とコラボレーションした時の経験を引き合いに、グループで活動するメリットについても次のように語られた。「一人で立ち向かうと無力感にかられてしまうような難題も、グループで取り組むことで前向きになれた、ほんとうによかった」と。韓国の女性三人が韓国の島に監禁された実際の事件を題材にして、未だ解決をみていないその事件の被害者女性を応援する作品を制作していたときの感想である。
全ての活動紹介の後、講演会は質疑応答に入った。その時に強く印象に残ったのが、「フェミニズム問題を取り扱っていることに対して、冷たい目でみられることはあるか」という質問であった。「ある」とキムさんは答えた。「フェミニストといえば、男性を攻撃しているイメージがあり、そういった作品を制作することで非難を浴びたり、友達をなくすこともあった。しかし、お互いを尊重したうえで腹蔵なく話し合うことが重要であり、そのことをアートを通じて伝えることができればいい」と仰っていた。また、「始めることはいつも難しい、けれどやり続けていくことでまた新しい友達もできる」と、勇気を持って活動を続けることが大切だとも強調された。
「フェミニストとして声を荒げるのではなく、女性の在り方について楽しくみんなに伝えたい。」という朗らかな発言や柔和そうなひととなりからは、しばしば<フェミニズム>という言葉にまつわりついている重苦しさは微塵も感じられなかった。しかし、「女性とは何か」ということを世間に訴え続けていこうとする彼女の力強い意思は講演の端々からしっかりと伝わってきた。
文:辻本梨世(芸術学部)